♥世界史ブックガイド[文化と社会]①【矢野久美子『ハンナ・アーレント 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者』

 近年は「倫理」の教科書にも載るようになったハンナ・アーレント(1906〜75)。20世紀を代表する政治哲学者アーレントについての、日本語で初めての評伝です。

 その波乱に満ちた生涯と思索の跡をたどることは容易ではありませんが、新書という制約にもかかわらず、著者は精細に描き出すことに成功しています。哲学者ハイデガーと出会った頃の大学生アーレントについても、抑えた筆致ながら、鮮烈に描かれています。

 全編にアーレントへの敬意と愛着が流れています。ただ、アメリカの黒人問題への対応の弱さを述べることも、忘れてはいません。

 本書は、過酷な時代に生きたアーレントの問いかけを若き日から全身で受けとめてきた著者の、たゆまぬ研究の結晶です。アーレント伝のスタンダードとして、長く読み継がれていくに違いありません。。

《目次より》
  第1章 哲学と詩への目覚め
  第2章 亡命の時代
  第3章 ニューヨークのユダヤ人難民
  第4章 1950年代の日々
  第5章 世界への義務
  第6章 思考と政治

中公新書(2014)、820円】 


★帯に「孤高の思索者の肖像」とありました。アイヒマン裁判後の状況から編集部が書いたのでしょうが、アーレントの思想や生き方を考えると適切ではないと思います。アーレントは「複数性」をこそ重視していました。

※ブックガイドの意図については ⇒ <文化と社会の交点>を考えるブックガイド