♥世界史ブックガイド[文化と社会]③【E.M.フォースター『アレクサンドリア』】

 イギリスの作家E.M.フォースターによる、珠玉の歴史都市紀行です。

 ヘレニズム時代(前334〜前30)、ギリシア文化の遺産を一手に引き受けて繁栄した、プトレマイオス朝の都アレクサンドリア。ムセイオン(王立研究所)の大図書館には50万巻の蔵書がありました。のちにローマの支配下に入りますが、5世紀初めまで、アレクサンドリア地中海文明の中心でした。

 プトレマイオス朝の最後の女王クレオパトラ7世とともに思い起こされる都市でもあります。アレクサンドリアで、彼女はローマの政治家カエサルアントニウスと出会い、そして自死を選んだのでした。クレオパトラの死によって、300年余りのヘレニズム時代にピリオドが打たれました。フォースターは、クレオパトラに、次のような言葉を捧げています。

 「(彼女は)アレクサンドリアが三百年の歳月かけてつくりだした、永遠にしおれることのない花であった。」

 フォースターは、アレクサンドリアの歴史を、イスラーム支配の始まり(7世紀)、そして19世紀前半のムハンマド・アリーの時代まで描きました。ただ力点は、ヘレニズム時代、新プラトン主義が広まった時代(3世紀)、キリスト教の中心都市となった時代(4世紀)においています。新プラトン主義(プラトンイデア論神秘主義的に継承した哲学)のプロティノスの思想を詳しく紹介しながら、フォースターはさりげなく次のように書いています。

 「おそらくプロティノスは、アレクサンドリアの波止場で、ヒンドゥー教徒の商人たちと言葉をかわしたことであろう。」

 ここに、フォースターの真骨頂があります。彼は、さまざまの文化が混淆する場としてのアレクサンドリアをこそ愛していました。フォースターが20世紀初めにヨーロッパ中心の文化観を脱していたのは、驚くべきことです。

 諸文化の混淆をどう受けとめていくかは、21世紀に生きる私たちの課題にほかなりません。

E.M.フォースター(1879〜1970):イギリスの作家。代表作に『インドへの道』、『ハワ−ズ・エンド』、『眺めのいい部屋』、『モーリス』。第一次世界大戦中の1915年から3年余り、国際赤十字社の駐在員としてアレクサンドリアに滞在した。

ちくま学芸文庫(2010年、単行本は1988年、原著は1922年)、900円】

※ブックガイドの意図については ⇒ <文化と社会の交点>を考えるブックガイド