♥世界史ブックガイド[文化と社会]⑥【ベルトラン・ランソン『古代末期 −ローマ世界の変容』

 今回は、世界史プロパーの本の紹介です。

 「ローマ帝国はなぜ滅んだのか?」という問いは、多くの人々を惹きつけてきました。ランソンは「十七世紀以来、国家の転変に関する思想が、ローマの事例から離れられなかった」と述べています。この見方は18世紀の啓蒙(光)の時代に加速し、ギボンの『ローマ帝国衰亡史』(1776〜88)で決定的となります。古代の輝き(光)とその衰退(影)という発想が固定的な歴史観を生んできたのは、事実だろうと思います。

 本村凌二は、最新の著書(『はじめて読む人のローマ史1200年』)で、「世界史の学界でも、ここ三〇年ほどは、ローマが衰退し、滅亡を経て、新しい文明が隆起してくる、三世紀から八世紀にかけての時代を、(中略)新しい文化ができてくる時代として、大きく捉えようという考え方が生まれています」と述べています。本書は、まさにそのような考え方で書かれた本です。

 ランソンは本書で新しい視点を提示し、私たちの常識を大きく揺さぶります。彼は、歴史家たちが「四七六年の西方の帝国の終焉によって、古代が突然終わってしまったわけではない、という事実」にようやく気づいたと述べ、3世紀から7世紀を「古代末期=長い過渡期」と捉えます。

 ・「野蛮な中世に先立ち衰退しつつあった末期のローマ帝国、という陰鬱な見方は、こんにちでは古代末期という概念にとって代わられている。四世紀間にわたるこの時代は、全くもって没落の時代などではない。」

 ・「古代末期というのは、老境にあると同時に若年であり、また絶頂期であると同時に誕生の時でもあったように見える。古代末期は莫大な遺産を引き継ぎ、次々と人手に触れて変容したために完全ではなかったものの、注意深く情熱をもってそれを次代へと引き渡した。」

 この見方を裏付ける、さまざまな歴史的事実が挙げられています。ローマ帝国の行政・軍事制度についても細かく述べられていて勉強になりますが、とりわけ「ギリシア・ローマの古典文化によって育てられたキリスト教の教父たち」や「キリスト教のラテン化」の部分は、非常に説得力があります。

 政治史・経済史・文化史を総合して、古代末期の姿を捉えようとする本書には、狭い専門分野を越えた「開かれた精神」が見事に表れています。

文庫クセジュ白水社、2013年、原著は1997年)、大清水裕/瀧本みわ 訳、1200円】