♥世界史ブックガイド[文化と社会]⑪【金沢百枝『ロマネスク美術革命』】

 最新のロマネスク美術概説書です。巧みな構成で(たとえば「はじめに」から第一章にかけては導入部として見事です)、読者をロマネスク美術へと誘ってくれます。内容は高度ですが、叙述は難解ではありません。図版は豊富です。

 全体の構成は次の通りです。

 はじめに
 第一章 かわいい謎 異様な造形
 第二章 ロマネスク再発見
 第三章 語り出す柱頭
 第四章 かたちの自由を求めて
 第五章 海獣たちの変貌
 第六章 聖堂をいかにデザインするか
 第七章 ロマネスクの作り手たち
 第八章 世俗化と大量生産の時代へ
 終 章 ロマネスクの美

 今まで、フランスのロマネスク聖堂の写真を眺めて「いいなぁ」と思うぐらいだった私にとっては、新しい知識の連続でした。本書の豊かな内容はとても紹介しきれませんが、章を追いながら述べてみます。

 ロマネスクという語が使われるようになった経緯も、ロマネスクのもともとの意味も、第二章で初めて知りました。世界史の教科書にも載っている「バイユーのタピスリー」は、第二章と終章を中心にロマネスク美術として論じられています。新しい発見が、たくさんありました。

 第三章から第四章では、フォシヨンなどの通説に疑問を呈しながら、ロマネスク美術ののびやかな造形の謎を解き明かそうとしています。著者は、その核心を「心に語りかけるよう作られた石」と表現していました。

 第五章は、スリリングなほどでした。ケートスという海獣がロマネスク期にドラゴンへと変貌していく様子が、たいへん興味深く述べられています。また著者がドラゴンの東方起源説に組みしていないことも、注目すべきです。美術史研究におけるオリエンタリズムについては、終章でも述べられています。

 第六章の前半では、教会建築の歴史を振り返っています。驚いたのは、半ばでノルウェーの教会が紹介されたことでした(木造教会の美しい写真が載っています)。ロマネスク美術でノルウェーが出てくるとは思わなかったのです。しかし、驚きは納得へと変わっていきました。「北」(ノルマン世界)と「南」(ラテン世界)の出会いが、イングランドのロマネスク聖堂を生み出したのでした。「ノルマン・コンクェスト」にも、新たな光が当てられたように思います。

 第七章も、今までの西洋中世美術書にはない内容でしょう。「中世の春、ロマネスクの作り手たちも一人称で語りはじめていた」という結びの文章は、ちょっと感動的でした。また、女性の作り手たちが紹介されているのも、特筆すべきことだと思います。しかも著者は、声高にではなく、実にさりげなく女性の作り手たちを紹介しています。

 第八章では、ロマネスクとゴシックが、時代の変化とともに比較され、共通性と相違が明快に述べられています。

 著者は「まだ峠をひとつ越えたばかり」と書いていますが、完成度の高い本だと思います。そして、不思議な魅力を持った本だと思います。キラキラした強烈な知的探求心が、のびやかな優しさと一体になったような本なのです。また、ある種の「軽み」のようなものが感じられます。ところどころにくだけた表現が顔を出しているから、というだけではありません。多分、自分の熱い思いをふっと客観視できる力が、金沢百枝さんにはあるのだと思います。そのためでしょう、この一冊の本の背後には膨大な時間と労力があるはずですが、それを感じさせない仕上がりになっています。

 しかも、最終的に本書は、「ロマネスク美術の見方の革命」に成功しているのです。


金沢百枝『ロマネスク美術革命』(新潮社、2015年)】