★<新・映像の世紀 第3集「時代は独裁者を求めた」>が伝えたこと・伝えなかったこと

■第3集<時代は独裁者を求めた>が、昨日NHKで放送されました。映像で見る20世紀前半の歴史は迫力がありましたが、現代史のドキュメンタリー番組制作の難しさをあらためて感じさせられました。当然のことですが、私たちが見るのは編集された映像です。番組制作者が、どの映像(出来事)をカットし、どの映像(出来事)をクローズアップするかによって、視聴者の歴史の見方は大きな影響を受けます。しかも、いったん放送されると、編集というフィルターを通ったものであることが忘れ去られ、映像が一人歩きしてしまう場合さえあります。番組を見る側は、伝えられなかった事実や制作者の意図も、よく考えてみる必要があります。

ヒトラーの政権掌握前後の動きについては、よくまとめられていたと思います。ヒトラーの経済政策の成功だけでなく、軍備拡大路線による経済の矛盾の進行にも触れれば いっそうよかったと思います。哲学者ハイデガーなど、ヒトラーに協力した人たちを取り上げたことは、今回の番組の特徴でした。ホロコーストナチスによる多数のユダヤ人の虐殺)の実態は、以前の「映像の世紀」と同様、よく伝えられていました。ただ、映像と音楽が非常にエモーショナルなだけに、もう少し抑制的な伝え方をさぐってほしかったと思います。エモーショナルになり過ぎると、歴史認識がくもってしまう場合があります。

■番組の大きな問題点は、重要な歴史的事実が必ずしも取り上げられていなかったことです。特に第二次世界大戦の経過は、視聴者には断片的にしか伝わらなかったと思います。開戦(1939年9月)後の多くの出来事がカットされていたため、歴史の描き方にアンバランスが生じてしまいました。たとえば、ドイツ軍の空爆に耐えたイギリスのことも、戦争前半のアメリカ政府の動きも、番組はまったく伝えていません。チャーチルやF.ローズヴェルトの映像はありませんでした。また、敗れたフランスのドイツへの協力は描いても、レジスタンスが続いたことは伝えていませんでした。パリ解放後の「感情の爆発」だけをクローズアップしたように思います。さらに、ソ連ポーランド東部占領・バルト3国併合という重要な事実も、カットしてしまいました。日本との関連では、原節子の珍しい映像を流していましたが、ユダヤ人を懸命に守った杉原千畝にはまったく触れていませんでした。太平洋戦争に割いた時間は、あまりにもわずかでした。

■もちろん、時間的な制約がありますので、番組にすべてを盛り込むことはできません。1920年代から1945年までの、きわめて重要な歴史を、ヒトラーに焦点を当てながら73分の番組にまとめるという作業は、かなり大変だったと思います。しかし、事実を知ることによって歴史の見方は大きく変わりますので、カットすべきでない事実をより慎重に見定めてほしかったと思います。時間枠の拡大も考えるべきだったかも知れません。太平洋戦争については、番組をもう1本作るべきでした。日中戦争から太平洋戦争にかけての歴史をもう一度振り返らずには、日本のこれからを考えることはできません。

■バランスを欠いた編集だと思われる部分を、さらに具体的に考えてみます。アメリカのドイツへの対応と日本の外交・軍事行動の部分です。1940年6月のパリ陥落後から1941年夏までのおもな出来事に限定して、番組が触れていなかった事実をあげてみます。

 ①アメリカのドイツへの対応【番組は、親ドイツの人物・団体を大きく取り上げ、真珠湾攻撃が起きるまでは、アメリカがヨーロッパの戦争をまったく傍観していたかのように描いていました。一定の国民感情のみがクローズアップされました。】 

 ②日本の外交・軍事行動【1937年12月の南京占領(なぜか「祝賀」の映像のみ流れました)の後は、1941年12月の真珠湾攻撃に移っていました。番組からは、日米開戦に至る経過はわかりません。三国同盟にはナレーションで触れていましたが、防共協定とは性格が異なります。真珠湾攻撃以前に、日本はインドシナ半島に戦線を拡大していました。】

★①に関する事実

 1940年9月 アメリカ、イギリスに駆逐艦50隻を供与
        【イギリスを支援してドイツの西進を阻む政策の始まりでした】
 1941年1月 F.ローズヴェルト大統領の「四つの自由」演説
        【ファシズムに対して自由を守るという立場を鮮明にしました】
      3月 アメリカでイギリス等への武器貸与法成立
        【6月に独ソ戦が始まると、ソ連にも軍事援助がなされました】
      8月 F.ローズヴェルトチャーチルの「大西洋憲章
        【戦争の目的と戦後構想を掲げました】

★②に関する事実(中国や朝鮮半島での動きは除いています)

 1940年9月 日本軍、フランス領インドシナ北部に進駐
        【パリ陥落・ヴィシー政府成立という出来事に乗じたものでした】
      9月 日独伊三国(軍事)同盟締結
        【アメリカを仮想敵国と位置づけました】
 1941年4月 日ソ中立条約締結
        【2ヵ月後独ソ戦が始まると、三国同盟とは食い違うものとなりました】 
      7月 日本軍、フランス領インドシナ南部に進駐
        【東南アジア侵略の本格化で、日米関係は悪化しました】

■①・②の事実のいくつかを番組に組み入れることは十分可能だったと思いますし、そうすれば実際の歴史の動きにより近づけたはずです。特に①の事実の中から一つでも取り上げていれば、アメリカに対する視聴者の見方は大きく変わったでしょう。よく言われるように、1941年の武器貸与法と大西洋憲章は、戦争の節目となる重要な出来事でした。それをなぜカットしたのか、理解に苦しみます。これらの事実が番組の意図に沿わなかったからでしょうか? 

■関連しますが、チャップリンの映画『独裁者』は、大戦勃発直後からアメリカで制作され、1940年9月にニューヨークで封切られました。しかし視聴者は、『独裁者』がスイスで制作されたと誤解したかも知れません。番組は、スイスのチャップリンの別荘は映しても、なぜかアメリカで制作・公開されたことは伝えていなかったのです。

■番組制作において最も大切なことは、視聴者が多角的・総合的に歴史を考えられるよう、諸事実を誠実に提供することです。もし、ある制作意図のために「この事実は知らせない」などということがあったとしたら、大変危険なことです。それこそ、独裁者や全体主義国家が行ってきたことにほかなりません。

■考え過ぎかも知れませんが、第1集〜第3集を見ると、番組制作者には、ファシズム共産主義への批判と同時に、もう一つの意図があるように思えてなりません。「自由と民主主義の国アメリカ」というイメージの虚構性を描くことです。確かに、アメリカもたくさんの負の歴史を抱えてきました。現時点から20世紀の歴史を振り返る時、大国アメリカの矛盾や暗部を描くことも必要でしょう。ただ、アメリカの一面だけを視聴者に刷り込むことがないように注意してほしいと思います。アメリカの矛盾を指摘するのは、そんなに難しいことではありません。難しさは、アメリカの矛盾が世界の矛盾の表れだということにあります。つまり、私たちの矛盾にほかならないのです。そのように、私は考えています。単純な歴史像を作り上げるのではなく、世界の複雑性についての認識を深めるような番組であってほしいと思います。

■なお、以前の「映像の世紀」に比べて、ファシズムソ連の体制は同じものだとする見方がはっきりと出されています。トロツキードラッカーショスタコーヴィチなどの場面によく表れていました。これは、近年の歴史の見方を反映しているものです。ただ、ソ連社会主義の実態を分析して伝えるという姿勢を持ってほしかったと思います。両者が同一かどうか、もう少し検証が必要かも知れませんので。

■番組冒頭で「なぜ世界は独裁者を止められなかったのか」というナレーションが流れました。衝撃的な映像を見終わった後、誰もが「このような歴史を繰り返してはならない」と思ったに違いありません。ただ一方で、私には、消しがたいもう一つの気持ちがありました。「ヒトラーについて考えるだけでは十分ではない」という思いです。あの時代を振り返る時、「ヨーロッパであんなにひどいことがあった」という感想で終わることはできません。同時に私たちは、自分たちの足もと=日本の近現代史を冷静に振り返る必要があります(そういう意味からも②の事実をあげています)。アジアでも、繰り返してはならない歴史がありました。ドイツが負の歴史に向き合ってきたように、私たちも、自国の歴史を負の部分も含めて見つめ直さなければなりません。

■第4集は冷戦時代に移ってしまうようですが、戦後70年を経た今、「なぜ日本人は軍国主義を止められなかったのか」という観点からの番組が必要ではないでしょうか。それが、「新・映像の世紀」に求められていることだと思います。

※関連ページ1 ➡ <問いからつくる世界史の授業>【反ユダヤ主義と音楽家】

※関連ページ2 ➡ 世界史ミニ授業【1944年6月〜8月のヨーロッパ】

※関連ページ3 ➡ 【詩人・尹東柱が生きた時代】