★書評:シリル・P・クタンセ『海から見た世界史』
「海洋国家の地政学」という副題を持つ本書は、2013年にフランスで出版されました。あまり年数をおかずに日本語版が出版されたのは、うれしいことです(大塚宏子訳、監修・樺山紘一)。
本書は、古代から現代までを、「海洋を舞台とした歴史」という視点から叙述しています。内容は多岐にわたりますが、最初の4つの章のタイトルは、次の通りです。
・クレタ島、帝国の母胎
・フェニキアからカルタゴへ
・ギリシアの冒険譚
・海上帝国たるべきローマ
そして、次の3つの章で終わっています。
・超大国アメリカ
・中国、未来の海の女王か?
・インド、インド洋征服へ
著者はクレタに海洋国家の原型を見ています。フェニキア人についても、詳しく書かれています。カルタゴが西アフリカのギニアまで行っていたことは、初めて知りました。また、最後の2つの章は、現在の情勢を考えるうえでたいへん示唆に富んでいました。
これらの間には、16の章がおかれていました。東アフリカ、南インド、東南アジアなどについても、きちんと記述されています。特に興味深かったのは、次の2つの章です。
・ジェノヴァとヴェネツィア、新大陸発見の準備地
・おりあしき中国
「地中海東部と黒海のヴェネツィア帝国(13世紀〜15世紀)」という地図は初めて見るもので、この時期のヴェネツィアについての叙述はたいへん説得力がありました。また、ジェノヴァが西地中海から大西洋へと目を向けていったことも、私にとっては新しい知見でした。
中国については、宋〜元の時代の海洋進出を重視しながら、明の鄭和の遠征が次の時代につながらなかった点に注目しています。
なお、日本についても2つの章が割かれていますが(7世紀から17世紀前半までを扱った章と明治から第二次世界大戦までを扱った章)、概観にとどまっているのはやむをえないでしょう。ただ後者で考えさせられた点がありました。1939年のノモンハン事件での敗北が日本を太平洋に向かわせる決定的契機となったと述べられていたのですが、興味深い指摘でした。
副題に「地政学」という語が使われているように、著者は地理的環境と政治・経済・軍事を総合的に見ています。ただ著者は、歴史上の海洋帝国が知的な面の革新も担ったことを視野に入れています。「はじめに」や「まとめ」の文章によく表れていますが、広い視野からの「海から見た世界史」になっていると思います。
「地政学」という語には、どうしてもキナ臭さがつきまといます。しかし、「地政学」を単に戦略のための学に終わらせてはならないでしょう。希望的観測かも知れませんが、「地政学」が「平和構築学」と結合する日が遠からずやって来るのではないでしょうか。どんなに困難でも、そのような「知の革新」の道が必要なことを、本書はさし示しているように思います。
※45ページの地図「ギリシアの主な都市と植民市」には、記号の誤りがあります。ティルス、メンフィス、カルタゴは、ギリシアの植民市ではありません。また、247ページには史実の誤認がありました。アイグン条約と北京条約が締結される前に、ニコライ1世は死去しています。
【シリル・P・クタンセ『海から見た世界史』、原書房、2016年】