<問いからつくる世界史の授業>(近世)【童話の誕生】

★近世ヨーロッパの社会と文化については、教科書・資料集でも、以前より大分取り上げられるようになりました。特に「18世紀啓蒙」については、「新世界史B」(山川)や「現代の世界史(A)」(山川)のように、力を入れた記述をしている教科書もあります。また、政治文化の視点から、ヴェルサイユ宮殿での宮廷儀礼について述べている教科書も増えてきました。

アンシャン・レジーム期のフランス社会を突っ込んで取り上げるのは、資料集でもなかなか難しいようですが、そろそろ新しい視点を持った教科書・資料集が現れてもいいように思います。

★今回は、17世紀のフランス社会について、童話を手がかりに考える<問題〜授業>です。飢饉の頻発や魔女狩りなどとは異なる視点からアプローチし、生徒たちに歴史への関心を深めてもらおうとしています。


☆ 問題 ☆ [プラスα]

 17世紀末のフランスでは、民間で伝承されてきた物語がまとめられ、初めて『童話集』として出版された。この『童話集』には、「赤ずきんちゃん」、「シンデレラ」、「眠れる森の美女」なども含まれている。『童話集』を出版した人物を、次の①〜④のうちから一人選べ。なお、この人物は、財務総監コルベールのもとで宮廷実務にあたり、ヴェルサイユ宮殿にも出入りしていた。

 ① イソップ
 ② グリム兄弟
 ③ ペロー
 ④ アンデルセン


◆この『童話集』の出版は1697年で、ルイ14世の治世にあたります。正解は、③のペローです[シャルル・ペロー(1628〜1703)]。出版には、ペローの息子や姪も深く関わっていました。問題文の中に記した話のほかに、「長靴をはいた猫」も収められています。

グリム童話と重なって収められている物語もありますが、原型はこの『ペロー童話集』のほうです。②のグリム兄弟が民話を収集したのは、ペローよりも100年以上後の19世紀前半のことでした。グリム童話については後の授業で触れることになりますが、ナポレオンに敗れた直後のプロイセンで初版が出ました。国民主義ロマン主義との関連が重要です。

◆「シンデレラ」は、『ペロー童話集』では「サンドリヨン」という名です。「シンデレラ」も「赤ずきんちゃん」も、ペローとグリムでは話の中味が異なっています。[ここでは詳述しませんが、授業では、その違いを具体的に話しています。]なお、物語には宮廷や貴族の生活が反映している場面も多く、「眠れる森の美女」のお城の様子はヴェルサイユ宮殿そっくりだと言われています。

◆①のイソップ(正しくはアイソポス)は、前600年ごろのギリシアの伝説的人物。「ウサギとカメ」、「アリとキリギリス」などを含む『イソップ寓話集』は、ヘレニズム時代にまとめられたとも言われています。『即興詩人』や『絵のない絵本』で有名な④のアンデルセンは、19世紀のデンマークの作家です。

◆『ペロー童話集』がまとめられた背景には、17世紀のフランス社会の変化がありました。17世紀は、トリエント公会議を経て、カトリックの信仰が高揚し、教会や修道会の活動が盛んになった時期でした。特にフランスでは、イエズス会などの修道会が競って学校を設立し(デカルトもアンリ4世とイエズス会が設立したラフレーシュ学院に学んでいます)、教会は各教区で民衆の教化に力を入れました。農村でも、識字教育に取り組む司祭が増えていきました。こうした中で、初等教育の重要性が為政者にも認識されるようになり、「キリスト教道徳と識字を中心とする初等教育」の充実を図る王令も布告されました。1698年のことで、ちょうど『ペロー童話集』出版の時期に重なります。この頃のフランスの識字率(結婚の際に署名できた人の割合)は、男性28%、女性14%でした(都市部ではもう少し高かったと思われます)。

◆『ペロー童話集』も道徳教育の意図をもって編纂されました。各物語の最後には、必ず「教訓」が載っています。1697年版の口絵(岩波文庫版に載っています)によく表れていますが、童話を王族・貴族の子女の教育に役立てることが、ペローの目的でした。アリエスが述べた「<小さな大人>から<子供>へ」という変化のさなかに、『ペロー童話集』は生まれたのだと思います。

◆17世紀のフランス社会では、出版物が増加していました。そのような社会でなければ、『童話集』の出版など考えられなかったでしょう。各修道会の聖書注釈書、説教集などが多かったようですが、「自由思想家」と呼ばれる人々の書物も登場しました。リシュリューは、検閲を強化しています。なお、リシュリューマザランも、辣腕の政治家であると同時に第一級の知識人でした。マザランの蔵書は、4万冊あったそうです。

◆一方、17世紀後半、都市部ではカフェが登場し、しだいに情報交換の場になっていきます。パリをはじめとして、週刊紙も発行されていました。また、上流階級の教養ある女性が私邸で主催するサロンも、すでにこの時期に活況を呈していました。フランスは「啓蒙の時代」に入りつつあったのです。

◆興味深いことですが、『ペロー童話集』の中の「グリゼリディス」という物語は、アカデミーの会合で朗読され好評を博したということです。民話は乳母や召使から上流階級に伝わり、それがサロンでも紹介されるようになっていったのでした。『ペロー童話集』は、上流階級の文化と民衆文化の結び目に位置していたと言えるでしょう。

※『完訳ペロー童話集』(新倉朗子訳、岩波文庫


こんな考え方で書いていきます【<問いからつくる世界史の授業>について】
【啓蒙・ルソー・女性】