総合 <文化史を豊かに> 【ルネサンス・バラ・庭園】

 有名なボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」には、白いバラが描かれています。絵の左半分、西風ゼフュロスが吹き起こす風の中に舞っているのが、バラです。

 なぜ、バラが描かれたのでしょう? 香りの女王でもあったバラは、古代ギリシア以来、ヴィーナス(アフロディテウェヌス)と結びついてきたからです。そこから、クレオパトラがバラの花びらをいっぱい浮かべた浴槽につかったという伝説(?)も生まれたのでしょう。

 バラという特別な花は、しかし初期キリスト教世界では評判がよくありませんでした。トゲがあったからです。そこで、考えました。「バラは最初トゲがなかったのだが、アダムとイヴが罪を犯したことから、その象徴としてトゲを持つようになったのだ」と。こうした理論化(?)をしながら、赤いバラを聖母マリアの慈愛の象徴としたのでした。純潔を表す白いユリとセットにしたのです。したがって、聖母マリアと一緒に描かれるバラには、トゲがありません。

 「ヴィーナスの誕生」に描かれたバラにトゲがあるかどうかは確かめていません。ただ、ルネサンス[再生]の時代に、ヴィーナスとともにバラも再生したことは、たいへん興味深いと思います。

 「ヴィーナスの誕生」に描かれた白バラは、アルバ・セミ・プレナという品種だと言われていて、ヨーク家の白バラと同じです。ボッティチェリは、フィレンツェメディチ家の庭でスケッチしたのだそうです。

 ルネサンス期のイタリアでは、庭園づくりが盛んで、詩人ペトラルカも熱中していました。ペトラルカはあるところに二つの庭をつくり、一つはバッカスに、もう一つはアポロンに捧げたということです。そして、庭園にはバラが植えられました。そのモデルとなったのは、中世のペルシア庭園で、幾何学的な庭園でした。現在に残るメディチ家の庭園の図面に描かれているのも、幾何学的庭園です。多分、この伝統は、17世紀末のヴェルサイユの庭園にまでつながっていくのでしょう。

 ルネサンス期に、庭園づくりはヨーロッパ各地の上流階級に広まりました。イングランドでも、16世紀後半に庭園づくりが盛んになりました。英語の中に、そのころ登場したことばが、gardening だそうです。エリザベス1世とシェイクスピアの時代でした。

【参考文献】
 若桑みどり『薔薇のイコノロジー』[青土社1984(現在は、ちくま学芸文庫)]
 澁澤龍彦『フローラ逍遥』[平凡社、1987(現在は、平凡社ライブラリー)]
 草光俊雄・菅靖子『ヨーロッパの歴史Ⅱ −植物からみるヨーロッパの歴史− 』[NHK出版、2015]