■アメリカ合衆国 の光と影[史料とコメント](その1)

■就任したばかりのトランプ大統領のニュースを見ない日はありません。

アメリカ社会の分断はおさまっていくのでしょうか? 2017年は、やがて、世界が混乱するきっかけになった年と位置付けられることになるのでしょうか?

トランプ大統領の登場は、私に「もう一度アメリカ史をよく勉強しなければ」という気持ちを起こさせました。

アメリカ史を再考するため、私なりに11の史料をピックアップしてみました。もちろん、これだけでアメリカ史全体がわかるわけではありませんが、アメリカ史のさまざまな要素に目配りしたつもりです。

■トランプ氏に大統領としての資質はないと思いますが、大きく見れば、「トランプ現象」はアメリカ史に何度か現れたうねりの一つかも知れません。

■簡単なコメントを付してあります(★の部分)。



アメリカ史を考えるための史料 Ⅰ〜Ⅴ>



Ⅰ アメリカ独立宣言(1776)

 われわれは、自明の真理として、すべての人は平等に造られ、造物主によって、一定の奪いがたい天賦の権利を付与され、そのなかに生命、自由および幸福の追求の含まれることを信ずる。また、これらの権利を確保するために人類のあいだに政府が組織されたこと、そしてその正当な権力は被治者の同意に由来するものであることを信ずる。そしていかなる政治の形体といえども、もしこれらの目的を毀損するものとなった場合には、人民はそれを改廃し、かれらの安全と幸福をもたらすべしとみとめられる主義を基礎とし、また権限の機構をもつ、新たな政府を組織する権利を有することを信ずる。

 【『人権宣言集』(岩波文庫)より】

★現在はさまざまな訳がありますが、よく知られた、やや古い訳にしてみました。格調の高さは一番と考えるからです。

★発表当時は、「すべての人( all men )」に、先住民、黒人奴隷、女性などは含まれていませんでした。

アメリカ大統領は、就任式で聖書に手を置いて宣誓しますが、独立宣言にもキリスト教思想の枠組みがみられます。


Ⅱ 違憲立法審査権の確立(最高裁判決、1803)

 もし裁判所が憲法を尊重し、通常のどの立法府の法よりも優位にあるとするならば、憲法こそが事件を規定しなければならない。
 そうであるとすれば、裁判所において憲法最高法規として考慮されるべきであるとの原則に異論を唱える者は、裁判所は憲法を無視して法律のみを考慮すべきであると主張していることになる。
 (中略)
 このような考え方は、政治制度に対する最大の改善と考えられる成文憲法を無に帰さしめるものである。
 
 【歴史学研究会編『世界史史料7』(岩波書店)より】

アメリカ合衆国の歴史の中で、連邦最高裁判所が果たしてきた役割は、非常に大きなものがありました。連邦最高裁判所の判決は、憲法を土台として「合衆国の統一性」を担保する役割を果たしてきたと言えます。


Ⅲ 先住民の族長サゴイェワッタの主張(1805)

 兄弟よ、われわれに言うことを聞いてください。かつて、われわれの祖先がこの巨大な島を独占していた時がありました。その生活の場は、太陽の昇るところから沈むところまで広がっていました。偉大なる精霊は、この島をインディアンたちが使えるように作ってくれたのです。
 (中略)
 しかし、忌まわしい日が訪れました。あなたがたの先祖が巨大な海を横切り、この島に上陸したのです。彼らはわれわれにこう言ったのです。自分たちは邪悪な人々を逃れ、自国を逃れてきた、そして自分たちの宗教を自由に信仰するためにここに来たのだ、と。彼らはささやかな居場所を求めました。われわれは彼らを哀れに思い、その要求を認め、われわれの中に受け入れることにしたのです。われわれは彼らに肉とトウモロコシを与えました。彼らは、その返礼にわれわれに毒を盛ったのです。
 (中略)
 あなた方の宗教はあなた方の先祖に与えられ、父から子へと受け継がれてきたものであると、われわれは聞きました。われわれにも、先祖に与えられ、子であるわれわれに伝えられた宗教があります。それは、すべての好意に感謝すること、互いに愛し合うこと、そして団結することを、われわれに教えてくれています。
 (中略)
 兄弟よ! 偉大なる精霊はわれわれみなを作りました。しかし、われわれに異なる肌の色と異なる習慣を与えました。ほかのことに関しても、精霊はわれわれの間に大きな違いを与えたのですから、このように結論すべきではないでしょうか。精霊は、われわれの理解に応じて、それぞれ別の宗教を与えたのだと。偉大なる精霊は、正しいことをします。精霊は、自分の子どもたちにとって何が最良か、知っているのです。
 兄弟よ! われわれは、あなた方の宗教を破壊したくないし、奪いたくもありません。ただわれわれの宗教を信じていたいだけなのです。
 
 【上岡伸雄編著『名演説で学ぶアメリカの歴史』(研究社)より。一部表現を改めました。】

キリスト教への改宗を勧める、ボストンから来た宣教師に対して、サゴイェワッタがおこなったスピーチです。

★文中の「毒」は、アルコールや疫病を指すと考えられています。 

★サゴイェワッタ(1758?〜1830)はセネカ族の族長で、通称レッド・ジャケットと呼ばれれていたそうです。当時、先住民約100万人が暮らしており、500ほどの部族に分かれていました。

★サゴイェワッタは、白人との友好・共存を望んでいました。19世紀初めに、「多様性」をこそ尊重すべきと考えていたのです。

★サゴイェワッタが亡くなった1830年は、「インディアン強制移住法」が制定された年でした。この時の大統領ジャクソンは、1817年、フロリダの「インディアン」の掃討作戦を行った人物です。


Ⅳ オサリヴァン「併合論」(1845)

 テキサスは今やわれわれのものである。
 (中略)
 諸外国は、われわれに敵対的な干渉の精神をもって、われわれの政策を妨害し、われわれの力を挫き、われわれの広大さに制限をつけている。年ごとに増加する何百万もの人口の自由な発展のために、神意によって与えられたこの大陸。その上をいっぱいに広がっていくのは、われわれの明白な天命であるが、その実現を抑えようとしているのである。
 (中略)
 テキサスは、われわれの人口を西へ西へと押し流している一般法則の必然的貫徹の結果として、連邦に吸収されたのである。
 (中略)
 おそらくカリフォルニアも、メキシコのような国にみられる、緩やかな結合から離れることになるだろう。カリフォルニアの境界地帯には、すでにアングロサクソンが足を踏み入れている。その人口はたちまちカリフォルニアをを実際に占拠することになるだろうが、それに対してメキシコが支配を夢見てもむなしいことであろう。
 
 【歴史学研究会編『世界史史料7』(岩波書店)より。一部表現を改めています。】

★ジョン・L・オサリヴァンは、弁護士でジャーナリスト。熱心なジャクソン派民主党員でした。史料は、テキサス併合の年の雑誌論文の一部です。この雑誌の名は、皮肉なことに、「デモクラティック・レヴュー」でした。

★翌年(1846)アメリカ=メキシコ戦争が起こり、アメリカはカリフォルニアからニューメキシコまでの広大な地域を獲得しました(1848)。

★あまり言われませんが、メキシコは、テキサスを含め、独立時(1821)の領土の半分以上を失ったのでした。

★なお、アメリカ=メキシコ戦争に軍人として参加していたのが、ペリーです。


Ⅴ F.ダグラス「奴隷にとって7月4日とは何か?」(1852)

 私は全身全霊で、ためらうことなく、この国の特質と行動は、7月4日には格別に邪悪に響く、と申し上げましょう! 
 過去の宣言を見ても、今日の言明を見ても、この国の行為はおぞましく忌まわしいものです。アメリカは過去に対し、現在に対し、偽りの行動をとり、そして未来に対して、偽りへ向かうと厳粛にも誓っているのです。きょうのこの特別な日に、神ととともに、押しつぶされ血を流す奴隷とともに立ちながら、踏みにじられた人々の名のもとに、足枷をはめられた自由の名のもとに、無視され踏みつけられた憲法と聖書の名のもとに、強調してもし過ぎることのない奴隷制度−アメリカの大罪、アメリカの恥−を恒久化するすべてを問いただし、弾劾します。
 (中略)
 神の天蓋の下にいて、奴隷制度が間違いだということを知らぬ者はいません。
 自由を奪うのは、賃金を与えずに働かせるのは、仲間との連絡をさせないのは、棒で殴り、身体を鞭打ち、手足に鉄の錘をつけ、犬に追跡させ、奴隷市場で売買し、家族を引き裂き、殴って歯を折り、火傷を負わせ、飢えさせて主人に従順になるよう強いるのは、間違っている、と論じなければならないのですか。このように血塗られ汚れに満ちた制度が、間違っていると論じなければならないのですか。まさか!
 
 【荒このみ編訳『アメリカの黒人演説集』(岩波文庫)より。一部表現を改めています。】

フレデリック・ダグラス(1817〜95)は、奴隷として生まれましたが、20歳の時に逃亡に成功し、以後奴隷解放運動の論客として活動しました。史料は、ニューヨーク州ロチェスターで行われたスピーチです。

★約160年前のアメリカ合衆国の状況がよくわかります。キング牧師たちの運動の背後には、真の自由・平等を求める、長い闘いの歴史があったのでした。