世界史B教科書の記述を比較してみると7 【聖母マリア信仰】

※目的・対象教科書・評価については、【比較してみると1】

聖母マリア信仰の記述】

★誤解を避けるために、あらかじめお断りしておかなければなりませんが、このテーマを取り上げるのは、信仰の立場からではありません。「あるべき世界史教科書」という観点から、取り上げています。また、ここでは触れませんが(「比較してみると4」でも触れてはいませんが)、「ジェンダー」にも深く関わるテーマだと考えています。

<山川>   [△]
<実教>   [△]
<東書>   [△]

<山川>・<実教>とも、聖像崇拝論争のところで、わずかに触れているだけである。<東書>は記述がない。

 キリスト教の歴史においても、ヨーロッパ文化においても、聖母マリア信仰(カトリックでは「崇敬」という語を使用する)は極めて重要である。にもかかわらず、その歴史について述べた教科書が見当たらない(なぜか「倫理」の教科書も同じである)。ごく常識的に考えても、聖母子像や「受胎告知」をテーマとした絵画など、キリスト教美術を理解する上で、聖母マリア信仰についての知識を欠かすことはできないだろう。高校生のキリスト教理解・ヨーロッパ理解という点で、現在の教科書は大きな問題を抱えているのである。

 なぜ、聖母マリア信仰は取り上げられないままできたのだろうか? 無意識的に(あるいは意識的に)、取り上げることを避けてきたのだろうか?(*)

 各社の教科書とも、早急な改善が望まれる。12世紀頃から聖母マリア信仰が盛んになっていったことを考えると、それぞれ、次の箇所で記述すべきだろう。(少なくとも、注で触れることはできるはずである。)

 <山川> 「西ヨーロッパの中世文化」の「教会と修道院
 <実教> 「中世ヨーロッパの社会と文化」の「キリスト教の時代」
 <東書> 「カトリック教会と十字軍」の「カトリック世界の発展」


※マリア信仰の扱いに関連していると思われるが、宗教改革期のプロテスタントによる聖母マリア像の撤去や破壊(イコノクラスムである)について述べた教科書も、見当たらない。<東書>だけが、図版「カルヴァン派の教会」の解説で、わずかに触れている。(教科書だけではない。残念なことに、一般書でも、取り上げているものは少ない。)

※水野千依『「ラファエロの聖母子」が生まれるまで』は、キリスト教美術における聖母子像の歴史について、学問的裏付けをもって簡潔に叙述しており、参考になる。(「美術手帖」2013年5月号[美術出版社]所収)
 なお、本ブログの【キリストは神か人か、そして聖母マリアは】も参照していただければと思う。

(*)私見になるが、明治以降、そして戦後も、プロテスタント系の学者が中心的に活躍してきたためではないだろうか。カトリック系の学者は、数の上で少なかったように思われる。たとえば、プロテスタント大塚久雄の、戦後における役割は極めて大きかった(1980年代までだろうか)。いわゆる「大塚史学」の影響力と位置付けについては、近藤和彦がたいへん的確に述べている。[近藤和彦「近世ヨーロッパ」(『岩波講座・世界歴史16』所収)]「大塚史学」の呪縛が解けて久しい。世界史教科書の中に聖母マリア信仰をきちんと記述することは、歴史研究者の良心の問題ではないかと思う。

世界史B教科書の記述を比較してみると8【イェニチェリ】