<問いからつくる世界史の授業>(近代〜現代)【アイルランドとアメリカ合衆国】
★世界史を教えていると、常に歴史意識が問われることになります。ひいては、現在の自分の政治的・社会的意識も問われることになりますので、なかなかたいへんです。世界史の中には自分が問われるリトマス試験紙のようなものが数限りなくある、という感じです。
★数あるリトマス試験紙のなかでもアイルランドは重要で、今までいくつかのアプローチを試みました。世界史Aの授業で歌手のエンヤを取り上げたこともあります。
★今回は、テーマとしてはポピュラーなものです。アメリカ合衆国史との関連でアイルランドを取り上げています。ただ、今回のオリジナル問題は少し変わっていますので、生徒たちは最初戸惑いの表情を見せると思います。選択肢①〜④のうちの一人は、教科書にも図表にも載っていないからです。でも最後は、出題の意図を理解するでしょう。授業は<問題+解説(◆の部分)>で構成します。
☆問題☆ [標準]
アイルランドでは、1845年から大飢饉(じゃがいも飢饉)が発生し、その後数年間で100万人以上が餓死した。また同数の人びとがアメリカ合衆国に渡った。この時期に移民としてアイルランドから合衆国に渡った人物を、次の①〜④のうちから一人選べ。
① ジョナサン・スウィフト
② パトリック・ヘンリ
③ ダニエル・オコンネル
④ パトリック・ケネディ
◆①のスウィフトは『ガリバー旅行記』(1726)で有名ですが、時代が全く違います。
◆ただ、スウィフトのアイルランドとの関わりは、非常に深いものがあります。彼は、アイルランドに移住したイングランド人の子として生まれました。イングランドとアイルランドの間を行き来しますが、イングランドでの成功という野心を果たすことはできず、後半生はアイルランドで過ごしました。貧しいアイルランドの人びとの怨嗟の声を一身に背負って、言論活動を行った人物です。
◆②のパトリック・ヘンリは、アメリカ独立革命時の人物として、授業で取り上げられます。時代が違いますし、ヴァージニア植民地で生まれた人物です。
◆③のオコンネルも、世界史の授業では重要人物の1人です。カトリック教徒解放法制定(1829)に尽力しました。大飢饉の時期に、旅の途中、ジュネーブで死去しました。授業では O'Connnell と板書し、O'のつく名前はアイルランド人(系)であることを付け加えています。
◆正解は④です。生徒たちは、結構消去法で正解にたどり着くものです。ただ、その後の質問と解説が重要です。
Q パトリック・ケネディのひ孫は、アメリカで有名な政治家になりました。それは、だれ?
◆生徒たちは、すぐ答を出します。その後、J.F.ケネディがアイルランド系であったこと、したがってカトリックであったこと、歴代大統領の中でただ一人カトリックであること等を話します。ケネディ大統領の登場と、同じ時期のキング牧師の活動は、WASP中心の社会の終わりを告げる出来事でした。
◆なお授業では、アイルランド系の人びとが大陸横断鉄道の建設を担ったことにも、触れています。
★現在、アメリカ合衆国においてカトリックの人びとが増えていることに、留意しなければなりません。ヒスパニック系の人びとが増えているからです。オバマ大統領の後、カトリック2人目の大統領が誕生しても、不思議ではありません。
◆一方、アメリカ合衆国からアイルランドに渡った人物もいました。ニューヨーク生まれのデ・ヴァレラです。彼の母親はアイルランド系でしたが、ダブリン大学に留学したあと、第一次世界大戦中のイースター蜂起(1916)に加わりました。デ・ヴァレラなしにアイルランド現代史は考えられません。彼は、シン・フェイン党党首、そしてアイルランド自由国首相〜エール首相〜アイルランド共和国首相という道を歩んだのでした。