近世 ヨーロッパ 【宗教改革期のイコノクラスム(聖像破壊運動)】

<世界史における聖像>
■聖像をめぐる問題は、単なる宗教史の枠を超える問題です。時には歴史を動かす大問題となりましたし、人々の心性や社会生活を考えるうえでもたいへん重要です。

■世界史の授業の中でも、聖像を取り上げることは大切です。たとえば、ユダヤ教キリスト教イスラーム教、仏教、ヒンドゥー教などを、聖像で比較しながら教えることは難しくありません。ひいては、それぞれの宗教の根幹に触れることにもなるでしょう。

■今回は、キリスト教を例に、聖像の授業のあり方を考えてみます。


<教科書における聖像禁止令、宗教改革

◇高校の世界史の教科書では(資料集も同じです)、8世紀前半のビザンツ帝国の聖像禁止令を大きく取り上げています。良心的な教員は、その際のイコノクラスム(聖像破壊運動)にも触れるでしょう。

◇ただ、9世紀半ばには聖像が承認されたことを、必ず伝えなければなりません。そうでないと、ギリシア正教におけるイコンの意義がわからなくなります。

◆一方、聖像の可否は、宗教改革期の重要な争点でした。

◆しかし、不思議なことに、宗教改革期のイコノクラスムについては、教科書では(資料集でも)、ほとんど触れられません。

プロテスタント側の多くが、マリア像だけでなくキリスト像の礼拝も、偶像崇拝として否定したことは、述べられません。当然、イコノクラスムは取り上げられないことになります。

◆また、キリスト像・マリア像の礼拝が偶像崇拝に当たらないとしたカトリック側の主張も、紹介されることはありません。

◆生徒たちは、カトリックプロテスタントの違いについて、十分に理解できないままになっています。

◆日本の世界史教育では、なぜか、宗教改革期の実相は伝えられていないのです。 


宗教改革期の実相を伝えるために>

■聖像をめぐる問題は、宗教改革期の授業のあり方を問うています。現行課程の授業でも、積極的に取り上げるべきでしょう。

■新課程では、たとえば「世界史探究」の教科書では、宗教改革の記述は改善されるでしょうか?(新課程についての議論が重要語句の削減に矮小化されてはなりません。)

■新課程の「考える世界史」に向け、教科書執筆者は、美術史の研究成果にも目配りしながら、広い視野で公正に宗教改革を記述してほしいと思います。

■教科書の宗教改革の叙述に、最低でも次の内容が盛り込まれるようになってほしいと願っています。

 ①聖像(キリスト像、マリア像)の可否が争点の一つになったこと。

 ②スイス、ドイツ、ネーデルラントなどでは、プロテスタント側の運動の一環として、イコノクラスム(聖像撤去を含む)が行われたこと。

 ③カトリック側はトリエント公会議で聖像の重要性を確認し、それがバロック美術につながったこと。


※参考文献

 ・永田諒一『宗教改革の真実』(講談社現代新書、2004)

 ・宮下規久朗『聖と俗』(岩波書店、2018)

 ・高橋裕子『西洋絵画の歴史2』(小学館ビジュアル新書、2016)

 ・藤原えりみ『西洋絵画のひみつ』(朝日出版社、2010)