世界史B教科書の記述を比較してみると3 【トルコ人のイスラーム化】

※目的・対象教科書・評価については、【比較してみると1】

【「トルコ人イスラーム化」の位置づけ・記述のしかた】

■世界史の授業において、どのようなコンテクストで「トルコ人イスラーム化」や「トルキスタンの成立」を取り上げるかは、重要な課題となってきました。長い間、「中央ユーラシア」の歴史は、東アジア史やイスラーム史に付随して取り上げられるに過ぎなかったからです。その反省の上に立って新課程教科書がどう取り上げているか、たいへん注目されるところです。
 なお、「中央アジア」、「内陸アジア」、「中央ユーラシア」、「内陸ユーラシア」と、さまざまの語が使われてきました。今回の検討では評価の要素にはしていませんが、どの語でもいいというわけにもいかないと思います。どの語で記述するかは、<世界史>のとらえ方にも関わっているからです。<世界史>という観点からは、「中央ユーラシア」が適切なのではないかと、私は考えています。(※)

<山川>第6章内陸アジア世界・東アジア世界の展開
     1トルコ化とイスラーム化の進展
     2東アジア諸地域の自立化
     3モンゴルの大帝国           
トルコ人イスラーム化」は、現行版ではうまく整理されていなかった。しかし、新課程版では視点が極めて鮮明で、位置づけ・内容とも大きく改善された。
 本文はとても良質で、世界史教科書の模範と言っていいような文章である。「天山ウイグル王国」という名称は出していないが、ウイグル人の歴史を丁寧かつ明解に記述しており、その交易活動にもきちんと触れている。「トルキスタン」という語はゴシック体で表されており、その意味も本文に記されている。「中央アジアのトルコ化と東西トルキスタン」の地図も、分かりやすい。(ただ細かいことであるが、残念なことに、パミール高原の位置が少し西にずれて表されてしまった。)
 教科書構成の点では、「西ヨーロッパの中世文化」のあとに第6章がおかれている。これはあまりよい流れとは言えないが、やむを得ないだろう。1の「トルコ人イスラーム化」の後に、2で高麗、大越、契丹、金、北宋南宋を学習し、3のモンゴルに入ることになる。これは、工夫された構成である。第Ⅲ部・第7章への流れもスムーズである。

<実教>第8章中央ユーラシア世界と諸地域の交流・再編
     1中央ユーラシア諸民族と東アジア世界の変容
     2モンゴル帝国の成立
     (1)オアシスの道のトルコ化
     (2)モンゴル帝国の成立        
トルキスタンの形成が、「2モンゴル帝国の成立」の最初に位置づけられている。モンゴル帝国トルコ人の関わりも考えての構成と思われるが、トルキスタンの形成を「モンゴル帝国の成立」の前史のように扱うのは疑問である。
 ウイグル人についての記述は簡潔過ぎる。すぐにサーマーン朝、カラ=ハン朝に入っているため、<山川>の記述に比べるとかなり見劣りがする。「トルキスタン」は、ゴシック体になっていない。また、「宋代の文化」を学習した後に、「トルコ人イスラーム化」に入る構成になっており、授業の流れとしてはあまりよくない。
 1で北宋南宋を学習することになるのだが、第8章のタイトルと北宋南宋の学習を結びつけるのは、少し無理があるのではないだろうか。高麗の位置づけにも混乱が見られる。

<東書>第5章内陸ユーラシア世界
     1騎馬遊牧民国家の興亡
     2草原地帯のトルコ化とイスラーム
    第6章東南アジア世界           
一つの章で「スキタイ」から「トルコ人イスラーム化」まで扱っている。意欲的な編集ではあるが、スパンを長くとり過ぎたのではないだろうか。トルコ人イスラーム化については、<山川>ほどの問題意識の鮮明さ、記述の丁寧さはない。「トルキスタン」は、ゴシック体になっていない。
 一番の難点は、「イスラーム世界の成立」(第8章)のかなり前に位置づけられていることである。多くの場合、生徒たちには、イスラーム世界についての知識がほとんどない。ここで「トルコ人イスラーム化」の歴史的意義を、サーマーン朝、カラ=ハン朝の成立を含めて理解させるのは、至難のわざであろう。「トルコ人の西進」の地図も見やすいとは言えず、イスラーム史を学ぶ前の生徒たちに提示するのは無理である。
 9〜10世紀の内陸ユーラシアの変動の後に、古代の東南アジア(ドンソン文化〜)に入る流れもよくない。

(※)次に示すように、一般向けの本では、すでに「中央ユーラシア」という語が定着しています。

  ○伊原弘・梅村坦『宋と中央ユーラシア』[中央公論社版世界の歴史7、1997年]
  ○『岩波講座・世界歴史11 中央ユーラシアの統合』[岩波書店、1997年]
  ○小松久男編『中央ユーラシア』[新版世界各国史4、山川出版社、2000年]

 にもかかわらず、<山川>の2冊の新課程教科書(「詳説世界史B」、「新世界史B」)が「内陸アジア」という語を使用しているのは、理解に苦しみます。「詳説世界史B」の執筆者の一人である小松久男は、『中央ユーラシア』の序章で、「閉ざされたイメージ」を持つ「内陸アジア」という語は歴史をみる上ではなじまないと述べていたのですが。
 「中央ユーラシア」と記しているのは、上記の<実教>と<帝国>(「新詳世界史B」)です。


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