世界史B教科書の記述を比較してみると10 【南京事件 および まとめ】
※目的・対象教科書・評価については、【比較してみると1】
【「日中戦争における南京虐殺」の記述】
歴史認識に関わる、たいへんセンシティブなテーマですが、高校世界史で避けるて通ることはできません。あえて取り上げることにしました。政治的問題とは一応切り離し、歴史を教える者として誠実に向き合う必要があると思います。
<山川>
△あえて目立たない記述にしていると思われる。このような扱い方もあってよいと思うが、太平洋戦争下における朝鮮支配や東南アジア支配の記述と比べて、やや物足りない。記述を見逃してしまう生徒もいるかも知れない。注の活用が望まれる。
<実教>
○「南京大虐殺事件」とゴシック体で表記されている。注による説明も詳しく、犠牲者数の異論も紹介されている。太平洋戦争下における朝鮮支配の強化では、慰安婦にも触れている。
ただ、あくまで教科書であることを踏まえ、日中戦争から太平洋戦争にかけては、もう少し冷静な記述を心がけてほしいと思う。
<東書>
▲「南京虐殺事件」とゴシック体で表記されており、日本軍の南京入城の写真を載せている。問題は、この写真のほうである。「国際世論の批判をあび」たという解説はあるものの、なぜ、あえて「占領を喜ぶ日本軍」の写真を掲載したのだろうか? すぐ下の「孫基禎」の写真も誤解を招くかも知れない。(他のページでは、「本を焼くナチス」や「スペイン内戦の国際義勇兵」などの優れた写真選択が行われているのだが。)
【まとめ 〜より良い世界史テキストを生徒たちの手に〜】
■世界史教育の現状への問題提起の意味も込めて、10回にわたり書いてきました。世界史の教科書編集というのはたいへんな作業だと思いますので、それぞれの教科書に敬意を表しているつもりです。ただ、「より良い世界史テキストを」という観点から、厳しい意見も述べてきました。比較・検討すべきことは数限りなくありますが、新課程用教科書「世界史B」の検討は、今回で一区切りとしたいと思います。
□比較・検討の対象にできませんでしたが、次の教科書も、興味深い編集・記述がなされています。
①「新世界史B」(世B306、山川出版社)
②「新詳世界史B」(世B303、帝国書院)
①は、新しい観点がかなり叙述に表れており、詳しい記述のコラムも随所におかれています。事項の単なる羅列ではなく、読むにたえる教科書になっています。(一例をあげれば、「ピューリタン革命」のところで、きちんとホッブズを位置づけています。また、「イギリス」史の取り上げ方も、明解です。 ミニ授業【ノルマン・コンクェスト(その2)】を参照してください。ただ、現在の高校生を考えた場合、ヨーロッパ史はかなり高度な内容です。)全体の構成も他の教科書と一線を画しており、私はこのような5部構成に賛成です。一方、たいへん残念な点があります。それは、南アジア史・東南アジア史が不充分なことで、この教科書の大きな欠点になってしまいました。
②は①と好対照の教科書です。コンパクトですが、しっかりした記述が見られます。たとえば、「ピューリタン革命」を内戦と位置づけ、タイトルも「イギリスの混乱」としています。(「イングランドの混乱」の方が望ましいのですが。)図版や注が充実していますので、センター試験レベルの入試にはほぼ対応できると思います。ただ、フランス革命などは説明不足ですし、文化史の記述は全般に浅く、事項羅列的になっています。また、限られたスペースの中にたくさんのことを盛り込もうとしていますので、誌面は煩瑣な印象を受けます。もう少しページ数を増やし、注やコラムより本文を充実させたほうが、生徒たちにとって使いやすい教科書になったのではないかと思います。なお、新しい見方で編集はされているものの、ジェンダーの視点がやや弱いのは残念です。
■「教科書検討なんてそんなに必要ない」という考え方もあるでしょう。教科書をあまり使わず(人によってはほとんど使わず)、プリントや板書で進める授業も行われているからです。このような授業には、「より良い世界史テキストを」という考え方自体がありません。大学教育へのブリッジも、視野には入ってこないでしょう。[→【高校世界史の現状と大学教育】 教科書を購入させながら使用しないということには、傲慢さのようなものを感じてしまいます。教科書至上主義をとっているわけではありませんが、教員は、教科書の内容に対する知的な謙虚さを失ってはならないと思います。
■授業を充実させ、「過去との対話」をしていく上で、より良い教科書を選ぶことはとても重要です。図版の適切さや、本文とコラム・注のバランスなど、生徒たちにとっての使いやすさも大切です。読むテキストとして、本文の質も重要なのですが、複数の執筆者がいるからでしょう、同じ教科書の中でもばらつきが見られのは残念です。
■小中学校と違い、高校の場合、教科書の採択は現場の教員に任されています。それだけに、教員の責任は重いものがあります。単に出版社のイメージや執筆者で選んだりすることなく、より良い世界史授業を追究しながら、複数の教科書をよく比較・検討し、21世紀を生きる生徒たちのために選びたいものです。
※関連ページ → 【「シンポジウム高校世界史教科書記述・再考」を再考する】
※授業観については → 【授業を考える(ミニ授業の公開にあたって)】 、 【過去との対話】
※教科書の比較・検討は、【世界史B教科書を比較してみると1〜10】を引き継ぐかたちで、【復習プリントと世界史Bの授業・教科書】でも行っています。 → 【復習プリントと世界史Bの授業・教科書[農耕・牧畜の始まり]】