古代 南アジア 【ゼロの発見】

■ゼロの概念をともなう十進法表記は、5世紀頃、グプタ朝期のインドで成立した。ゼロは、●または○で表された。ゼロを数字の一つとして考えたこと、ここに認識上の革命があった。
 6世紀の天文学書にはゼロの足し算・引き算の例が記載されている。また、数学者・天文学者ブラフマグプタの7世紀前半の書物には、「どのような数をゼロにかけてもゼロである」「どのような数にゼロを加減しても、その値に変化は起こらない」と書かれている。現在の表し方では、次のようになる。

  a×0=0, a+0=a, a−0=a

 インドの数字表記法は9世紀にアラビア半島イスラーム世界)に伝わり、さらに10世紀にはヨーロッパに伝わって「アラビア数字」と呼ばれた。(日本では算用数字と呼ばれる。)アラビア数字は、ヨーロッパで使用されていたローマ数字よりもはるかに優れたものであった。(たとえば487は、ローマ数字ではⅭⅭⅭⅭⅬⅩⅩⅩⅦと書かねばならない。)十進法表記は、10個の数字であらゆる桁数の数を表せるという点で、画期的なものであった。ゼロの概念をともなう十進法表記は、数学の分野でインドが果たした、極めて偉大な貢献だったのである。

 さまざまのことを数で表そうとする考え方が仏教にもあるのは、たいへん興味深い。仏教が成立したのは、ゼロの概念の成立より900年ぐらい前であるが、いくつかの概念を数的にまとめて考えようとする発想が非常に強い。四苦、四苦八苦、四諦四法印、八正道などである。(なぜか、「四」やその倍数の「八」が多用される。)このような発想はブッダに始まり、初期仏教教団でいっそう強まった。縁起(因果)の論理的な説明などにも表れているが、初期仏教教団はかなり知的な修行サークルだったのである。

 なお、ゼロの概念は、大乗仏教の「空(くう)」の概念とは関連がないと考えられている。

《参考文献》
 吉田洋一『零の発見』(岩波新書
 『哲学・思想事典』(岩波書店