世界史B教科書の記述を比較してみると1 【はじめに および ルネサンス】

【はじめに】

■世界史教育の充実のためには、教師の力量の向上とともに、すぐれたテキストが必要です。高校生が手にする教科書が世界史のテキストとして適切なものとなっているかどうか、詳しい検討が欠かせません。

■これから、10のテーマを設定し、新課程用の高校教科書「世界史B」を比較・検討していきます。限られた回数ですが、「より良い世界史教育のためにどんなテキストが必要か」という観点から、公平にそして多面的に比較・検討します。検討作業を通じて、授業における課題も明らかにします。

■対象とするのは、次の3冊です。

 ・詳説世界史B(山川出版社、世B304、A5版、448ページ)
   著作者:木村靖二、佐藤次高、岸本美緒、油井大三郎、青木康、小松久男
       水島司、橋場弦 他
 ・世界史B(実教出版、世B302、B5変型版、447ページ)
   著作者:木畑洋一、松本宣郎、相田洋、深見純生、三好章、江川ひかり、
       松浦義弘、伊藤敏雄、貴堂嘉之平野聡、三ツ井崇、桂正人、
       小林共明、小川幸司 他
 ・世界史B(東京書籍、世B301、B5変型版、432ページ)
   著作者:尾形勇、川島真、後藤明、桜井由躬雄、福井憲彦本村凌二
       山本秀行、西浜吉晴 他

■実際の授業展開を考えながら、4段階で評価してあります。(1回目のルネサンスでは3社の差は出ていませんが、2回目以降のテーマでは優劣がはっきりした場合もあります。)

  たいへんよい ◎    よい ○
  やや問題がある △   問題がある ▲


ルネサンスの位置づけと記述】

 1回目のテーマはルネサンスです。教科書全体におけるルネサンスの位置づけや本文の内容にはそれぞれ特色があり、3社の教科書に優劣をつけるのはなかなか難しいと思います。ただ、ルネサンスの位置づけという点では、<山川>が適切だと思います。また、ルネサンスを中世との連続性においてとらえるか、それとも中世との断絶を強調するかという論点が浮かび上がっています。

<山川>第8章近世ヨーロッパ世界の形成
     1ヨーロッパ世界の拡大
     2ルネサンス
     3宗教改革
     4ヨーロッパ諸国の抗争と主権国家体制の形成  
ルネサンスの位置づけは極めてスタンダードであり、高校の教科書としては適切であると思う。
 現行版とは違い、本文の最初で、中世との連続性にも留意するよう促している。細かい点であるが、『エセー(随想録)』という表記なども、現行版より改善されている(他の2社は『随想録』のままである)。図版(絵画)の配置も改善されており、印刷は鮮明である。
 ただ、本文の記述は他社に比べ簡潔過ぎるので、担当教員はかなり肉付けしながら授業することを求められる。他社より版が小さいこともあり、図版にスペースをとり過ぎたのではないだろうか。図版をもう少し小さくして、本文を充実させてほしかった。

<実教>第9章近世ヨーロッパと大航海時代
     1ヨーロッパの海外進出
     2第2次大交易時代と海域アジア
     3ルネサンス宗教改革
     4主権国家体制の成立            ]
「第2次大交易時代と海域アジア」の後にルネサンスが位置づけられている。「第2次大交易時代と海域アジア」は4ページにわたっており、倭寇琉球王国、ヴィジャヤナガル王国、日本銀、アンボイナ事件、オランダのケープ植民地、鄭成功など、広範囲な内容になっている。これらの後にルネサンスに入ることになり、授業の流れとしては適切とは言えない。
 ルネサンスの性格については、中世との連続性よりも新しい価値観が強調されており、ブルクハルト的な見方のままとなっているのは、残念であった。マキァヴェリなどの記述は充実している。
 「ルネサンス時代のイタリア」の地図は、載せた方がよい。また、ルネサンスだけに、絵画の印刷にはもっと注意をはらうべきだろう。(他の時代も同様であり、他の2社と比べて差があるように思う。)

<東書>第9章ヨーロッパ世界の形成
     5中世ヨーロッパ文化
     6中世的世界の動揺
     7ルネサンス
    第10章東アジア世界の変容とモンゴル帝国
     1唐の崩壊後の東アジア           
現行版と同じく、中世ヨーロッパの最後にルネサンスをおいている。これは一つの見識ではあるが(ルネサンスを中世との断絶とはとらえていない)、授業展開の上ではさまざまの不自然さを抱えることになる。
 たとえばマキァヴェリはイタリア戦争との関連で扱うのが適切であると思うが、イタリア戦争については「第14章近世のヨーロッパ」の「1主権国家群の形成と宗教改革」冒頭で取り上げているため、生徒たちには理解が難しいであろう。16世紀のモンテーニュセルバンテスシェークスピア、17世紀のガリレイなども、中世ヨーロッパの最後で記述されているので、生徒たちは混乱するかも知れない。この位置づけのまま授業をする際は、担当教員の力量が試されることになる。
 また、ルネサンスを中世ヨーロッパの最後においた結果、ルネサンスの後に五代十国に入ることになる。これも、授業の流れとしては良くない。(この部分の流れは現行版の方が良かった。)
 ただ、本文の内容は、3社の中で最も優れている。(特にエラスムスの記述など。エル・グレコルネサンスで扱うのは疑問であるが。)図版の選択と配置はスタンダードであり、印刷もきれいである。

※【世界史B教科書の記述を比較してみると】は10テーマあり、10回目でまとめも行っています。 → 世界史B教科書の記述を比較してみると2【12世紀頃までの東南アジア】 

※教科書と研究者については、次のページをご覧ください。 → 【世界史教育と教科書・研究者(シンポジウムが映し出したもの)】

※実際のルネサンスの授業の様子は → ミニ授業【ルネサンスの始まり】

※世界史の授業のありかたについては → 【授業を考える】